本文へスキップ

高尾通信は高尾山とその周辺を観光、自然、歴史、文学、伝説、グルメに至るまで徹底的に紹介する高尾山総合案内サイトです



高尾山の文学・伝説・民話real estate

役行者伝説

 高尾山薬王院への参道の中ほど、霊気満山と額がかかった山門そばの神変堂は、昭和44年に改築されたものです。この堂内には山岳修験の祖である「神変大菩薩 役小角」が安置されています。

「続日本紀」における役行者
「日本現報善悪霊異記」における役行者
「修験道」と役行者



日本現報善悪霊異記にみる役小角

 役小角にまつわる話は、やや下って成立した「日本現報善悪霊異記」にも採録されています。荒唐無稽な話が多い説話集ですので、事実として受け止められるものではないのですが、かといって完全な創作ではなく、当時流布していた話を元にしていると考えられます。日本霊異記上巻第28に「役の優婆塞は、生まれながらに知があって、博学なること当代一にして、三宝(仏、法、僧)を信じ、これを持って業とした」と書かれ、役小角は、仏法を厚くうやまった僧ではない在家の信者として現れます。このように役小角を密教行者として描いていることが、後にそれが元となって様々な伝説が生まれたといわれる。

 これによれば、大和の国葛木上郡茅原村の人で、賀茂役公の民の出である。若くして雲に乗って仙人と遊び、孔雀王呪法を修め、鬼神を自在に操った。鬼神に命じて大和国の金剛山と葛木山の間に橋をかけようとしたところ、役行者は、鬼神を使役できるほどの法力を持っていたという。前鬼と後鬼という夫婦の鬼を使役したと言われることから、邪法を使う者として名をおとしめられることもある。しかしこの前鬼と後鬼は、能の『鞍馬天狗』などでは大峰山の天狗だとされている。そうすると、この前鬼と後鬼は、もともと役行者と同じ山岳修験者で、行者に付き従った者たちと考える研究家もいる。

 672年(天武天皇元年)役行者39歳の時「壬申の乱」では、大海人皇子(第40代天武天皇)に味方して戦を勝利に導きましたとされています。

PR
【送料無料】葛城の峰と修験の道
【送料無料選択可!】大地母神と役行者 神々の原風景を描く『八犬伝』 (単行本・ムック) / 諏訪...

 ところで、役小角は、ある時、葛城山と金峰山の間に石橋を架けようと思い立ち、諸国の神々を動員してこれを実現しようとした。しかし、葛城山にまつられる国津神である一言主(ひとことぬし)は、自分の姿が醜いのを恥じて夜だけ働こうとした。そこで役行者は一言主を神であるにも関わらず、明王の呪法をもって責め立てた。
 すると、それに耐えかねた一言主は、貴族の夢に現れ「役小角は神通力で天皇に災いをなそうとしている」と告げ天皇に役行者が謀叛を企んでいると讒訴したため、役行者は彼の母親を人質にした朝廷によって捕縛され、伊豆島へと流刑になった。当時の伊豆嶋は伊豆大島のことをさしている。こうして、架橋は沙汰やみになったという。

 伊豆島に流されたが、小角は昼間は島にいて命令に従い、母親に孝行をしていたが、夜になると富士山に登り修行をした。さらに、霊地を見つけると海の上を踏み渡り、大空を飛んでその地に向かったといわれている。そして、夜が明けるとともに島に戻っているのである。相模の江ノ島の裸弁天の影向(ようごう、神仏の仮の姿)等を拝しています。

 また「日本霊異記」上巻28によると、道照法師が唐へ往られた時、新羅の五百の虎の要請により、法華経を講じていたら、聴衆の中に日本語で質問する者がいて、名を尋ねると「役優婆塞」と名乗ったと伝えられます。

 大島に配流されてから3年が経とうとしてい頃、小角の評判の良さを耳にした一言主神は、またもやこれをねたみ疎んじ「小角をすみやかに死罪にせよ。」と再び天皇に告げたという。大島に天皇から派遣された勅使は、到着するや小角を浜辺に引き出した。刀を抜き振り上げようとしたその瞬間、小角は舌で刀をねぶり「さあ、早くわれを斬れ。」と言った。勅使が、その刀を見てみると、富士明神の表文が浮かび上がっている。勅使はこの事象にあわて恐れ、早速天皇に上奏し、その裁下を待つことにした。

 天皇は博士を召し出して表文を説明させると、博士は「天皇も謹んで敬い給うべし。小角は凡夫ではなく、まことに尊い大賢聖である。早く死刑を免じて都にお迎えし、敬い住まわせ給うべきお方である。」と言ったという。天皇は早急に使者を島に送り、小角の死刑を免じた。

 故郷に戻った小角は、母を鉢に載せ五色の雲に乗って天に昇ったと伝えられており、大宝元年(701年)6月7日が、役小角と母の白専女が冥界に旅立った日とされている。また、一言主神は小角によって役優婆塞の呪法で縛られて今(霊異記執筆の時点)になっても解けないでいるというのです。

 寛政11年(1799年)には、聖護院宮盈仁親王が光格天皇へ役行者御遠忌(没後)1100年を迎えることを上表した。同年、正月25日に光格天皇は、烏丸大納言を勅使として聖護院に遣わして神変大菩薩(じんべんだいぼさつ)の諡を贈った。 菩薩というのは上求菩提下化衆生=菩薩道を実践する人のことであり、六波羅蜜行、自利利他円満の修行徳目を行じていきます。

PR
【送料無料】修験道の開祖役行者その足跡に迫る
【送料無料】 臨界点 数霊 / 深田剛史 【単行本】

参考文献>
銭谷武平『役行者伝記集成』東方出版
宮家準『修験道組織の研究』春秋社
宮家準『役行者と修験道の歴史』吉川弘文館
 

                   



高尾山の伝説・民話
高尾山の七不思議
天狗伝説
とんとん話
役行者伝説
牛頭天王伝説
華厳菩薩伝説・八王子縁起
高尾四滝伝説
弘法大師伝説
八王子城落城伝説
高尾山ミステリースポット

高尾山の文学
高尾と文学者たち
高尾の歌碑めぐり
中里介山と高尾
いろはの森の歌
高尾に眠る人々
夕焼け小焼けの里