高尾の豆知識 


  

5-3.高尾山人気の乗り物「ケーブルカー」


さて、ケーブルカーっていったいなんでしょう。

 ケーブルカーは、山の斜面など急勾配の線路を登るために車両にケーブルを接続し、車両をケーブルで引き上げる鉄道です。
車両は、横から見ると平行四辺形、車内も駅のプラットホームも階段状になっています。ケーブルカーの車両は自ら走行するのではなく、山上からケーブルで車両を引っ張り上げるため動力用モーターは積んでいません。ですから、架線がなくても動くのです。

 高尾山の玄関口に高尾登山電鉄の「清滝駅」があり、標高四百七十二メートルの「高尾山駅」まで、つるべ式ケーブルカーが運行しています。
徒歩だと山頂まで一時間半はかかるところをケーブルカーなら高尾山駅まで六分で行き、そこから歩いて約四十分で頂上にたどり着ける。
 斜面の日だまりにスミレの自生地があったり、四季に映える様々の木々を車窓から眺めて登っていくのは本当にが楽しいですね。

 ところで高尾山清滝駅の開設は昭和二年です。当時、わが国で開業していたケーブルカーは生駒鋼索鉄道だけでした。高尾山での建設工事は大正十四年に始まりましたが予定地の崩壊事故などで完成までの道のりは険しかったようです。

 工事中、文豪・中里介山が沿線に草庵を構え、「大菩薩峠」を執筆中だったこともあり、この文豪「発破の音がうるさい」といって、憤然とこの地を去ったというエピソードが残されています。

 旧駅舎は待合室が狭いうえ、乗車券売り場が待合室の一番奥にあったため混雑時に乗客をさばくのは本当に苦労で、昭和三十九年、一人乗りリフトの営業や京王線の高尾山口乗り入れを機に増改築され、さらに五十年に改造を加えられたのが現在の現駅舎です。

 乗車券発売所は右端に移され、窓口も五カ所設置された。待合室のスペースも旧駅舎の二倍以上。壁面や柱には丹波石が張られ、近代的な装いの中にも落ち着いた雰囲気の駅舎に生まれ変わりました。戦時中の十九年、企業整備令で線路などの機材供出を求められ、ケーブルカーも一時休業しましたが二十四年十月に「高尾観光」として復活し、二十七年五月に現在の社名になったのです。現在は周辺に約三十軒の商店が並ぶ観光地ですが、当時は商店は三軒しかなく京王線開通でにぎわうようになったとのこと。

 さてさて、話は変わって、先ほど高尾のケーブルカーは「つるべ式ケーブルカー」だとお話ししましたが、このつるべ式は、2組の車両を、ケーブルの両端に繋げ交互に山上と山下を往復する方式です。中間のポイント(分岐器)で車両がすれ違います。これを単線二両交走式といいます。日本のケーブルカーはほとんどこの方式です。
これに対して「循環式」という方式があります。これは、循環しているエンドレスのケーブルに車両を繋ぎ、停車する時は、ケーブルから車両を切り離し停車する方式です。複数の車両を運行する事ができるという利点があります。
サンフランシスコのケーブルカーは、この循環式ですね。

 ところで、このケーブルカー車両2台が平成20年12月に40年ぶりに新しくなり、お目見えした。昭和初期の開通以来、4代目。「あおば号」「もみじ号」と名前は同じだが、それぞれ青葉と紅葉をあしらったデザインに一新。窓を改良するなど周りの景色が見やすくなった。


 

 

 



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