高尾の豆知識 


  

7-3.国際観光地第一号


 高尾山は国際観光地第一号です。

 1858年(安政5年)、ついに日本とアメリカ合衆国の間に日米修交通商条約が締結された。この条約は関税自主権がないなど、かなりの不平等条約だったが、ともかくこの条約によって下田、函館に加えて、兵庫(神戸)、新潟、長崎、神奈川(横浜)の四港の開港が約束され、日本にいよいよ自由貿易の時代がもたらされることになったのです。

 この日米修交通商条約には外国人の遊歩規定、つまり自由に出かけてよい範囲の規定が設けてあり、それによると横浜を起点として10里とされていました。

 ところが1861年、英国人の団体が高尾山に登山(当然彼らに参拝という気持ちはなかったでしょうから)して外交問題にまで発展した大事件となってしまったのです。
当時の日本政府は、高尾山は横浜から高尾山までは10里以上だというのです。ところが彼らは直線距離を主張していたのです。条約にはそんな所まで取り決めがなかったものですから仕方がありません。ちなみに横浜から高尾山までの直線距離は約39キロメートルつまりは当時の9.9里なのでした。



 

 

 



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