とんとん話で高尾山を語る高尾通信

高尾山の文学と伝説・民話

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とんとんはなし

  高尾を始め、八王子一帯では「昔話」のことを”とんとんばなし”と呼んでいますが、このとんとんばなしには三つの意味があると言われています。

 ひとつめが、とんとんというのはトントン拍子のことで、軽快に話が進むということで、みんな最後はめでたしめでたしという形で終わるということからきているようです。比較的短い話が多く、聞く方にとっても苦痛にならず、とんとん話が進む様子からきたものです。

 ふたつめがとんとんの意味が遠い遠いという意味で、昔昔と同じ意味のようです。昔話のことだから時にはつじつまの合わぬこともあるが、それはそれ昔話なのだから適当にかしこまらずに聞いてくれという気持ちがこめられているようです。

 みっつめがとんとんというのは、尊い尊いという意味を込めたものでありがたいお話ということです。高尾の薬王院を始め八王子には神社仏閣が多いものですからやや説話風な昔話が多いようです。いずれにせよとんとんばなしは疑うことをしない単純さ、素朴な説話を生み出したここ高尾を始めとする八王子の人々の気質によるものなのかもしれません。


炭焼き三太郎

 とんとんむかし、高尾山の南谷の里に三太郎という炭焼きがひとりで住んでいたそうな。
大変な働き者で自分の家の裏山に炭焼きのかまをつくり上等な炭をせっせと焼いていたそうな。
 もうすぐ正月という年も詰まったある日のこといつものように八王子の宿へしょいこに炭を5俵もつんで売りに出かけたそうな。朝からの雪で道は一面白化粧。ふと道ばたをみると妙ちきりんな山がすこし動いたように見えた。あれなんて変な山だと三太郎は雪を払って驚いた。年をとった坊さんが倒れて雪をかぶっていたのだ。

 三太郎は積もった雪を振り払ってやったところ、この坊さんは「ここ七日もお腹にいれておらず動けなくなってしまいました。」と言う。気の毒になった三太郎は炭俵を傍らにおろすとこのしょいこに坊さんを乗せ家に連れていきました。炭はまた焼けばよいのだから。

 家につき手厚い看護により坊さんはみるみる元気になりました。三日たった朝、坊さんは三太郎を呼び「お世話になりました。お礼をしたいのいですが。お正月を迎えるとどの家でも古いお札を片づけるでしょう。そのお札をいただいて炭焼きのかまにいれてごらんなさい。」           
 坊さんが立ち去った後、三太郎は教えられたとおりに村中の家々から古いお札をもらって炭焼きがまに火をいれました。そして炭が焼けたころかまをあけてびっくりしました。おおお、かまのなかから大判、小判がざくざくでてきたではありませんか。三太郎はたちまち大金持ちになってしまいました

 しかし、それは長く続きませんでした。三太郎は人はいいのですが、考えが足りないのです。こんなに小判がでてくるのならと自分の家の炭焼きだけではたらず、とうとう切ってはいけない高尾のお山の木まで切ってしまったのです。

 炭焼きのかまの火を落とした三太郎はきっとすごい小判がでてくるぞと期待しながらかまをあけました。あれれ、なんと灰になった小判がいっぱい。三太郎はあわててしまっといた小判をいれた箱のところをかけつけました。「おおや」そこはからっぽでした。欲をだしたおかげで、全部もとの灰になってしまったのです。おしまい。


ぽろろん琵琶滝

 とんとんむかし、高尾山の琵琶滝は、この滝で修行をつんで悟りの道を開くとぽろろんぽろろんと美しい琵琶の調べが聞かれるそうな。
 琵琶滝ができたのは峻源大徳さまが、たくさんの鹿を引き連れた白髪の老人に導かれここに滝を開かれたという。その老人は琵琶を持っておりそれを山の崖っぷちにたてかけたところそれが滝になったそうだ。だから滝は琵琶のかたちをしているそうだ。

 しかし坊さんのなかには、一生懸命修行をしてもなかなか琵琶の調べが聞こえない落ちこぼれの坊さんもおったそうだ。高尾山の里に安養寺というお寺があって、そこに宗盛さんという若い坊さんがおったそうだ。たいへんまじめで里の衆にも慕われているのになぜか坊さんとしての器量にかけておった。どこか頼りなげでお経もありがたさに欠ける、説法もなにか説得力がない、おつとめの声もたよりなげだ。宗盛さんは毎日修行に明け暮れるのだった。

 ある時、道を歩いていると向こうから一人の旅の坊さんがおいでになるのが見えた。ただ道を歩いているだけなのになぜか気高く尊い姿に見える。きっと立派な修行を積まれた坊さんに違いないと宗盛さんは、この旅の坊さんの前に手をついてお願いしたそうだ。「どうぞ私に修行の道を教えてください」。
旅の坊さんは「私はなにもお教えできませんが、つい先ほどまで高尾の山の琵琶滝で滝に打たれておりました。ようやく琵琶の調べを聞くことができ山をおりてきたところなのです。」

 宗盛さんはよろこび、高尾の山へのぼり早速滝にうたれたそうだ。ところが1年たっても2年たってもまったく琵琶の調べは聞こえてこない。2年たち3年たち4年がたってしまった。5年めにはいった時、今日も一心に滝に打たれているとたくさんの鹿を引き連れた白髪の老人が現れたそうだ。

 宗盛さんはその老人にどうしたら琵琶の調べが聞こえるのか尋ねたそうだ。するとその老人は「聞きたい、聞きたいと思う心がある限りその心が邪魔して何年たっても聞こえないよ。まずは無心が大事じゃ。」と教えてくれたそうだ。
 次の年、宗盛さんは、ついに、ぽろろん、ぽろろんという琵琶の調べを聞くことができたそうだ。ありがた、ありがた。

盆グモ様

 とんとんむかし、武蔵野の里にはお盆になるとどこからか大きな真っ黒いクモが現れて盆棚の上にどかっと腰を下ろしたようにいるそうだ。このクモを里の者は「盆グモ様」といってご先祖様がクモの姿に身をかりて戻って来たのだといっておったそうだ。そして盆グモ様が来た年にはなぜかいいことがあるといわれていた。里のものは盆グモ様も見つけると「よくぞいらっしゃった」と茶碗に新しいお茶をいれてもてなすとおいしそうにお茶を飲んだそうだ。                  
 ある年のこと多摩川のそばの善助さんの家に盆グモがやってきたそうだ。これはよかったと新しいお茶を用意しようとしたその時、村の者が善助さんの家に飛び込んできた。「たいへんだ。善助さんの娘が川に落ちたぞ」川の流れは、前日からの雨のためか勢いがあり、船も出せない。

 もうだめかと誰もが思ったその時、不思議なことが起こった。もがいているこの娘がいきなりぐいぐいと川岸に寄せられてきたではないか。待ちかまえた善助さんに抱き留められた娘は、こういった「どんどんクモの糸がひっぱってくれたんだ」「それはどういうことだ」善助さんが、ふと娘のからだを見るとなんと娘のからだにクモの糸がからんでいた。「まさか」と善助さんは、さっきの盆グモ様のことを思いだし急いで家に引き返した。すると盆グモ様は、じっとしていたが、回りは、今水からあがったようにびしょびしょに濡れていたそうだ。「ありがたいことだ」善助さんは盆棚に向かって一心に手を合わせたという。めでたしめでたし


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